天探女と号す
天探女と号す
あめのさくめはいわふねのぬしなり
『難波高津は、天稚彦天下りし時、天稚彦に属(つき)て下れる神、
天の探女、磐舟に乗て爰(ここ)に至る。
天磐船の泊(はつ)る故を以て、高津と號す』
『ひさかたの天の探女が岩船の泊てし高津はあせにけるかも
(久方乃 天之探女之 石船乃 泊師高津者 淺尓家留香裳)(巻3・292番)』
天探女と号す
あめのさくめはいわふねのぬしなり
あらすじ
勅使ちょくし(ワキ)は、
摂津国せっつのくに(現在の大阪府)・津守つもりの浦(住吉の浦)に
催される浜の市で、高麗こま・唐土もろこしの宝を買ってくるよう勅命を受けます。
従者(ワキツレ)を連れて、津守の浦を訪れると、
多くの人で賑にぎわう浜の市で、
唐人の姿で大和ことばを話す不思議な童子(前シテ)と出会います。
銀盤に玉を持っている童子を不思議に思い、勅使が尋ねると、
童子は「これは龍女の如意にょい宝珠ほうしゅ(あらゆる願いが叶い、宝が出る玉)だ」
と言い、
天皇への捧げ物として渡します。
驚いた勅使に、童子は
自らが天の探女さくめ(古事記・日本書紀にみえる神。
岩船に乗って難波なにわのあたりに降りたという伝承がある)だと正体を明かし、
空のなかへ嵐とともに姿を消します。
鱗うろくずの精(アイ)が現れて天の探女のことなどを語り、舞を舞います。
やがて、
金銀珠玉を積んだ岩船(神を乗せて天空を航行する船)を守護する龍神(後シテ)が、
海中から現れます。
龍神は、八大龍王はちだいりゅうおうの助力を得て、
岩船を津守の浦に泊めると、宝物を山のように積み上げます。
そして、天下泰平の御代は永久に続いていくのでした。
見どころ
「岩船」は、龍神が船に数多くの宝物を載せ、天皇に捧げるという、
おめでたい内容の作品です。
作品名の「岩船」は、神を乗せて天空を翔ける、岩のように頑丈な船のことです。
『万葉集』には、
岩船に乗った天あまの探女さくめが高津(大阪湾の一部)に降りたことを詠んだ歌
「久方の天の探女が岩船のはてし高津はあせにけるかも」があります。
本作品は、この和歌を下敷きにして脚色がなされていると考えられます。
舞台である津守つもりの浦(住吉の浦)を含む大阪湾は、古代より海上交通の要でした。中国大陸の国々と貿易が活発に行われ、各国へ旅立つ使節の発着港でもあり、
外交上重要な役割を果たしていました。
童子(前シテ)の正体・天の探女は、古事記・日本書紀にみられる神です。
名前の通り、人間の心を探ることを役目にしています。
現在の演出では舞台に登場しませんが、
古くは天女の出立で登場したとも考えられています。
ちなみに、後場では、
岩船を表す舟の作つくり物もの(舞台装置)を出す演出があったとも考えられています。
「岩船」は前場・後場の二場構成ですが、流儀や演出によっては
後場のみを上演する「半能はんのう」の形式で上演することもあります。
また、一日の最後に、半能で本作品を上演し、
おめでたい雰囲気で公演を締めくくることもあります。
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