変化が多そうなときです。
12月から2022年1月は、
居場所や家族についても、
変化が多そうなときです。
自分を取り巻く大きな人間関係が、
がらっと変わるかもしれません。
この時期、何よりも大事なものは、
「愛情」なのだと思います。
2020年の経験や学びが、
この年末年始に生きるかもしれません。
ゆかりさんの筋トレ
https://note.com/weekly_kntr/n/n94e552edc086
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へええええ、、、
ジェイス帰ってくるかな~~~
帰ってきてほしいけど
マミーが心配だからっていう理由で戻ってきてほしくないけど
とはいえ、いつまでも東京にいてほしくはない
体やもろもろいろんなことを考えるとね
ま、でも
みんなそれぞれの人生だから
東京を選んだことで寿命が短くなったとしても
私がもしジェイスと同じ年だったら、同じ選択をしたと思うし
明るいか真っ暗かわからない未来のための
今しかない時間をいろんなことを諦めて我慢して耐えしのいで年を重ねるか
重ねてしまった時間はどうしたって取り戻せない
結局年を取ってしまって、
やりたかったこと何一つできないまま死んでいくのか?
いやだよね。
若かったら絶対そう思う。わたしでも。
でも私は
もう若くないから
守りたい人がいるから
今やりたいこと?
もうそんなの忘れちゃったよ
お母さんになった時点で
私は守りたい人のために生きてきたから
でもそういいながらそう
そう思って生きてきたからこそ
夢を簡単に叶えてきたのよ
それはほんと驚きなことで、
もし私が子供を産んでいなかったら
きっと今頃自分の店もやってなかったし
きっと和歌山移住もしていないし
自分の思い通りの家も手に入れてなかったと思う。
ずっと東京で夜と昼と働きながらうだうだしてると思う
家もあるし
適当に働きながら
やばいやばい、もう子供も産めないよとか言いながら
同年代の遊び仲間も減ってきて、
若い子に交じっていまだに遊んでるんだと思う
それももうキッツいよねーーーとか言いながら
全然、、、イヤ、、、そんなタイムライン
今のが全然イイ。
だから常に選択は間違っていなかったと思える
私の希望は
母と弟とジェイス
みんながここに来ること
だった。
母はもう来れないけどここにいる。
父も母もきっとちょくちょく覗きに来てることだろう
男二人は来い来い言っても来ないだろうから
時を待つ
居場所を守っとく
でも、また膀胱炎になって、さすがに体力というか、、
ああ、、、年なんだなって実感した
でも、そんなこと言ってらんないわ
ちょっと毎日何かしらの運動をしようと思う
去年あんだけあった、馬力が ないっ!
日がな一日お庭ばっかりいじってる場合じゃないっーのに
私の頭の中はもう本物のお花畑と化している
Renegades
「背教者、裏切り者」
面白い夢を見たって、その話を書こうと思ったけど、
書いたら面白くなかったので、聞きに来てくださ~い
(おなかいっぱいで眠くなってしまった、、、)
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